歴史のひと切れ
1852年、フレデリック・エドヴァルド・エクベリがベーカリーを開いたことから、エクベリの物語は始まりました。それは同時に、ヘルシンキの新たな歴史の1ページを刻む出来事でもありました。帝国の時代や戦争を乗り越えながら、移り変わる流⾏に左右されることなく、時代を超えて愛される品質を守り続けてきた物語です。
緑豊かなブレヴァルディ通りに⾯した扉を開けば、そこにはヘルシンキ最古のベーカリーカフェがあります。今もなお、エクベリの職⼈たちは毎朝早くから⼯房に⽴ち、⻑年愛されてきた定番商品から新しいアイデアを取り⼊れた商品まで、⼀つひとつ丁寧につくり続けています。
フィンランド最古のベーカリーであり、カフェでもあるエクベリには、ロシア皇帝から地元の家族連れ、著名⼈から観光客まで、実にさまざまな⼈々が訪れてきました。カルダモンとコーヒーの⾹りに包まれながら、170年以上にわたる歴史と今の味わいが出会う場所。
それが、ヘルシンキの⼈々に愛され続けるエクベリです。
これは単なる⼩⻨粉や砂糖、酵⺟の物語ではありません。ひとつの家族が、⼩さなベーカリーを、世代を超えて愛される⽂化的な存在へと育て上げた物語です。もしエクベリのお店の壁が語ることができるなら、⽢く⾹ばしい思い出をたくさん語ってくれることでしょう。
そしてその⼀つが、あなたの物語になるかもしれません。



若者がパン職⼈の道へ
18歳だったフレデリック・エドヴァルド・エクベリは、故郷ポルヴォーで時計職⼈の⾒習いを辞め、パン職⼈の道を選びます。
その後、ハミナ、ヴィープリ、リガ、そして「北のパリ」と呼ばれたサンクトペテルブルクを巡りながら、製パン技術を学びました。
エクベリ、最初のベーカリーを開業
1852年2⽉3⽇、フレデリックはヘルシンキのクルーヌンハカ地区にある、ラウハンカトゥ通りとマリアンカトゥ通りの⾓に最初のベーカリーを開業しました。その12⽇後には、ヘルシンキ⼤聖堂の落成式が⾏われています。
開業当時のフレデリックは、深夜から朝9時までパンを焼き、その後は夜9時まで販売。わずか3時間の睡眠を取ると、再び仕事に戻るという⽇々を送っていました。
街の中⼼地へ移転
事業の成⻑に伴い、クルーヌンハカの店舗は⼿狭となり、エクベリはアレクサンテリンカトゥ15番地へ移転します。
ヘルシンキ随⼀の商業エリアへの進出により、エクベリは街の中⼼で多くの⼈々に親しまれる存在となりました。
ヘルシンキのカフェ⽂化の始まり
6年にわたるコーヒー提供の許可取得への努⼒の末、フレデリックは⼩さな喫茶室(Kahvikamari Kuoppa)を開業します。
役⼈や学⽣、知識⼈たちがコーヒーを⽚⼿に集い語り合うこの場所は、ヘルシンキ初の本格的なカフェとして親しまれ、街のカフェ⽂化の礎となりました。
新たな拠点へ、3度⽬の移転
フレデリックは、現在のストックマン百貨店とケスクスカトゥ通りがある場所にあたるアレクサンテリンカトゥ52番地の⼟地を取得し、3階建ての⽯造りの建物を建設しました。この建物には⾃社のパティスリーも併設され、エクベリはさらなる発展への歩みを進めます。
飢饉の時代と蒸留所
フィンランドを襲った⼤飢饉により、多くの⼈々が困難な⽣活を強いられました。フレデリックは妻エレオノーラを亡くし、ベーカリーも存続の危機に直⾯します。
それでも従業員の雇⽤を守り、事業を続けるため、フレデリックは蒸留所を開設しました。穀物が再び実る⽇まで、こうしてエクベリは苦難の時代を乗り越えたのです。
皇帝の来訪と消えた銀⾷器
エクベリは、ロシア皇帝⼀家をカイヴォフオネで迎えるという⼤役を任されます。これは当時、最⾼の名誉と社会的評価を意味する出来事でした。しかし、この催しのために借り受けた銀⾷器が盗難に遭うという事件が発⽣します。この不祥事と経済的損失は、エクベリの経営に⼤きな影響を与え、その後の財政悪化の⼀因となりました。
2代⽬フリドルフとヒルマが描いた未来 ― ブレヴァルディ通りへ
フレデリックの息⼦フリドルフ・エクベリが家業を引き継ぎ、世紀の変わり⽬の時代を⽀えました。そして1915年、フリドルフと妻ヒルマは事業をブレヴァルディ通り9番地へ移転します。これはヘルシンキにおけるエクベリ4ヶ所⽬の地であり、今⽇までその地で営業を続けています。真鍮の装飾や優雅なカウンターなど、現在のエクベリを象徴する店づくりは、この場所から始まったのです。
カフェが街へ開かれる
それまで2階にあったカフェが1階へ移転。通りに⾯した場所となり、より多くの⼈々が気軽に⽴ち寄れるようになりました。
ラース・エクベリの時代
ラース・エクベリは、エクベリに独⾃の芸術性と美意識をもたらしました。彼が⼿がけたマジパン細⼯や、緻密に演出されたウィンドウディスプレイは⼤きな話題を呼び、エクベリの新たな魅⼒として多くの⼈々を惹きつけました。
オリンピックイヤーの改装
ヘルシンキオリンピックの開催に合わせて⼤規模な改装が⾏われ、現在のエクベリを象徴するインテリアの基礎が築かれました。
オットーとマイレン、4代⽬へ
4代⽬となるオットー・エクベリが、経営の厳しい時期に家業を引き継ぎました。1980年代、多くの店舗が⽊材や真鍮の内装を取り払い、ネオンやクロームを取り⼊れた現代的なデザインへと改装するなか、オットーはその流れに従いませんでした。1952年に整えられた歴史あるインテリアをほぼそのまま残し、エクベリならではの雰囲気を守り続けたのです。1986年には妻のマイレンも経営に加わり、⼆⼈三脚でエクベリの伝統を次世代へとつないでいきました。
Ekberg Extraオープン
ブレヴァルディ通り9番地に、ビジネスイベントやプライベートパーティーのための専⽤スペース「Ekberg Extra」が誕⽣しました。
5代⽬へ、伝統を守りながら未来へ
2010年代半ば、エクベリ家は4代⽬から5代⽬へと、段階的に経営の引き継ぎを進めました。同時に、Ekberg CaféとEkberg Shopは現代のニーズに合わせて改装され、新たな時代への準備が整えられます。そして2019年、マーク、ニーナ、マーティンが正式に経営を引き継ぎました。伝統を⼤切に守りながらも、新たな戦略とともに未来へ歩みを進めています。
東京、フィンランド国外初の常設店舗
創業から174年。ヘルシンキで歴史を重ねてきたエクベリが、初めてフィンランドの外へと歩みを進めます。
